タイ古式マッサージ沙羅/名古屋
  


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◇ タイ・スコータイ&オーストラリア・パース

<タイ・スコータイ&オーストラリア>
ハロー!タイ!何時も通りの空港の賑わいに身を置くと、今日からは、日本も仕事も家族さえも全て忘れてもいいのだという気持ちになります。
市内に向かうのに初めてエアポートバスに乗ってみることにしました。スクンビットライン150バーツです。
何も問題はないのですが、降りる方向が逆だと言うことを目的地が近づいて気がつきました。案の定、通りの反対に降ろされ思いバッグを抱えて歩道橋を渡るはめになりました。暑いし、重いし、バッグを引きずっては傷をつけその上目的地は、まだ先です。値段の安いことのリスクを身をもって味わうことになりました。

翌朝、フアランボ〜ン駅でのことです。スコータイへ行く為にここから列車に乗ります。8時30分発の列車が、時間になってもまだ、ホームに入っていません。姿も見えません。文句を言っている人もいません。マイペンライのすごさ!です。結局、列車が到着、乗車したのは30分以上も過ぎていました。列車の駅であるピサヌロークまで1等に乗車です。
動き出すと、まもなく飲み物とケーキ、お昼は、下の写真のお弁当(タイカレー)がでました。運賃含んで500バーツ(1600円)程でした。
今日は、ピサヌロークで宿泊します。ピサヌロークとはどんな街なのでんでしょう。
その昔、スコータイ王朝の首都として栄えた町だそうです。観光客の私の目から言うと、今のピサヌロークはスコータイの玄関口というだけで何処と言って見る所も遊ぶ所もない町のように写りました。 午後のことです。
中途半端に空いた時間を町の散策にあてることにし、タイで一番美しいと言われるチチラート仏が安置されているワット・プラシー・ラタナ・マハタートへ出かけました。ここでは、タイ式マッサージ沙羅にご利益を貰うべく、タイの人々に混じってお坊さんからお水をかけてもらいました。寺内には二人のお坊さんが人々の祈りを受けていました。お坊さんでもやる気のある人、どうでもよさそうな人に分けられるのでしょうか?そう見えたのです。結果、当たり前ですが、見るからにご利益を頂けそうなお坊さんの前に座りました。
その後、ナン川ほとりのナイトマーケットへ行くつもりでしたが、ナイトマーケットには時間が早すぎました。
こうなったら、マッサージに行くしかないと思い町を歩き始めるも「ない!」「ない!」「ない!」「マッサージ屋さんが」ない!」歩き疲れてあきらめようと思ったけれど、意地でも見つけなければ気が治まらなくなっている。やっとあると聞いて見つけたタイ式マッサージ店の前に立った時、ついてない自分を嘆きました。閉店(廃業)のようです。ガーン!もう、あきらめた。この町にタイ式マッサージ店はないと言うことに決めました。

ナン川ほとりに戻り、ぼちぼちと並び始めた露天の中に路上フットマッサージを見つけ、やっと、やっと、しばしのリラックスモードに切り替えることができました。
翌朝、1時間程バスに乗りスコータイへ。
スコータイの空は何処までも青く、その中に佇むたくさんの遺跡は、じりじりと照りつける太陽とさわやかな風の中にありました。スコータイ王朝は、幾つもの部族国家を作って来たタイ人がクメール文化旺盛の地に始めて作った統一王朝だそうです。スコータイとはタイ語でスッカ・ウタイ「幸福の夜明け」を意味するそうです。ステキなネーミングです。「ワット・スラシー」「ワット・プラマハタート」「ワット・シーチュム」などのワットが点在した遺跡公園は、美しいスコータイ王朝に生きた人々の息吹を感じるに充分でした。城塞内・城塞外と遺跡公園は数々の崩れかけた遺跡を見る以上に奇麗に整備され美しい緑に包まれています。
そんな中、ラムカンヘーン大王の記念碑に上がった時、大きな豚の頭が供えられているのにびっくり!次にも大きな豚の頭を持った人が・・。一度、備えて直ぐに下ろすのですが、日本では見ることのない光景です。この後もちろん、食すのでしょうね。


既に、レンタサイクルのハンドルを持つ腕は、真っ赤になっています。
実は、今回のスコータイ、たまたま先にバンコク入りをしていた沙羅・ルーシーダットン教室に通ってくれているKさんと一緒です。私が、スコータイへ行く予定だと話しをしたところ「一緒に行きたいです」と言うことで一泊二日の二人旅になりました。
私が思うにこの二人かなりのいい加減者です。行き当たりばったり当たり前です。その証拠を今からお話したいと思います。
帰りは、スコータイからVIPバスでバンコクへルンルン帰るつもりだったのですが、VIPバスは午後2時30分発とのこと、スコータイ遺跡を回る時間が足りないと思い5時30分の1等バスで泣く泣く切符を取りました。(バンコク着が午前0時過ぎになってしまいます。)切符・時間をしらべてないところが、まず、いい加減者です。
遺跡公園内内側を回るのにそれ程時間が、掛からなかったので城塞外にある幾つかの遺跡を見学しても2時30分のVIPバスに乗れるかも?と思いながら自転車を走らせていました。
深夜にバンコクへ着くのは、如何な物か?それはだめでしょ。と考え出したら次には、2時30分出発のバンコク行きVIPバスに乗ろうと座席のことなど考えもせずに、出入り口に向かって走っていました。入り口で自転車を返すのに、自転車屋の小母さんから「鍵?」「鍵は?」と大声で呼び止められながら、目は帰る為のツクツクを探していました。その時、値段交渉している外人カップルの交渉決裂を横目で見ました。口から拙い英・単・語が飛び出ていました。ターミナルへ行くことをなんとか伝えると、彼が再度、値段交渉。結果、私達は一緒に乗ることになったのです。外人カップルは市内のゲストハウスまで私達は、ターミナルまでです。私達が先だ!と思いつつ言葉が出来ない歯がゆさに負け、外人カップルが先になってしまいました。
2時30分・2時30分とつぶやき走って切符売場へ行き、朝買った切符をVIPバスに差替えてもらおうと思ったところ、2時30分はないと言われ、私達は、見せて貰った時刻表にゼッタイ!2時30分があったよね。絶対あった。小母さんと話した。おかしい。おかしい。と騒いでいたら切符売場の小母さんがVIPバスはあちらの窓口だと言います。それもおかしい?
朝は、ここで時刻表見た。それでも、急いで窓口を移動して確認するとVIPバスの座席は空いていないと言われてしまいました。不安的中!いい加減な二人がすることはこんな所です。最初に予約したバスに乗るには(さっきキャンセル手数料払ったばかり)3時間以上も待たなければならないのでピサヌローク行きのバスに乗ることにしました。
今度は駅に向かい時間があえば汽車で帰ろうと考えたのです。が、考えが甘いこと言うことなし!ピサヌローク駅であせりまくり時刻表を見ると、列車は30分以上前に出てしまっていた。それなのにタイだからとか、来る時に30分以上も遅れていたのだからとか言いながら窓口で確認する。何度、確認しても行ってしまったと聞かされる。ガッカリしてもう一度、ピサヌロークバスターミナルへ向かう。今日中にバンコクへ帰るには、もうバスしかないからである。
ターミナルについてバンコク行き4時30分と書いたプレートを見た時は、心すくわれてこれで帰ることが出来ると心底ホットしました。1等バスに乗車です。
走り始めてKさんの「このバス、スコータイの方に走ってない?」の言葉に「ぎょ!」ピサヌローク⇒スコータイ⇒バンコク???そんな、馬鹿な。私達は、はらはら、どきどき、車窓を食い入るように見つめていました。バスが道を外れた時には、自分達のいい加減を忘れて安堵感にどっと疲れがでました。
安心していたら係りの女性がお水とパンを配り始めました。その後、ジュースも配り始めました。食べ終わってしばらく走り続けるとスタンドに入りました。トイレ休憩かと思いバスから降りると皆が、フードコートでご飯を食べ始めています。それを見て、またまた、Kさんが「無料らしい」と言うのです。先にバス内で貰ったパンを食べてお腹が一杯なのに卑しい私たちです。
料理を取りレジに並んでいる私にKさんが、何か目で訴えています。見ると50バーツ出そうとしている。「え!」である。その時に、私は、レジのおじさんに乗車券を出してと促され差し出すと、ついている半券を切り取り5バーツと言われ、初めてこの食事の意味がわかりました。50バーツではなく5バーツだったのです。納得。それならお得!
食べたし、飲んだし、後は寝るのみです。
10時30分頃にバンコク北ターミナルに到着しました。ホテルに向かうタクシーの中で「どうする?どうする?」となり意気投合です。深夜にバンコクへ着くのは如何な物か?と言っていたくせに、私達の今日は、まだ終わりません。行きました。マッサージ2時間コース。
翌日は、ウイークエンドマーケットへ何時ものように出かけくたびれ果て、それでも、足りない物を買いにカオサンまで頑張りいきました。
ここで、腹立たしい目にあいました。私は、短気でしょうか?
カオサンに向かう時に乗ったタクシーは、とても常識のある走りで常識のあるメーター料金で降りる時に待たずして5バーツのお釣りを出されびっくりしてしまいました。料金は65バーツ
それとは、正反対に帰りに乗ったタクシーは非常識極まりない、わざと?遠回りで渋滞に突入、裏路地を延々と走りスクンビットまで135バーツで最後には腹が立ってきてBTSの通りに出た所で「もう、いいから」と言って降りた。今日も何時も通りあたふたバンコクで暮れていきました。


明日は4時起きでスワンナプーム空港へ向かい、オーストラリア・パースへ出国します。
機上から赤い大地が見えます。延々と続く大地です。緑もなくただ、続いています。
少しずつ緑が見え始め海岸線を望んだ頃、やっと到着です。パースはオーストラリア西にある都市です。道路・建物、どれを見ても人に優しくきれいな美しい街であるのがよくわかります。空港から乗合バスにのりホテルに着いたのは、午後6時頃でした。
びっくりしたのが、街は、ゴーストタウンかと思うくらい静まりかえり通りには人が歩いてもいなかったことです。その反対に朝は、「え!」これが、昨日の街?通り?と目を疑うばかりの光景です。聞くとパースは、(オーストラリア?)5時過ぎるとお店が殆ど閉まり、皆さんは、お仕事が終わればご自宅でファミリーでゆっくりするのが当たり前のようです。せこせこと動いて身をすり減らしている人が多い日本とは大違いです。オーストラリアの広大な大地のなせる業かもです。
こんな、街に住んでしまえばゆったりと人生を送れるのかもわかりません。
それでは夜、食事したり飲んだりはできないのかと思えば、ちゃんとその為のエリアがありました。そこに行けばたくさんの飲食店が集まっているので楽しむことはできます。
バンコクとの大きな違いは、一番に物価です。ホテルも乗合バスも高い。それはバンコクと比べれば当たり前ですが、日本と比べても高いように思いました。
今回のパース、殆ど仕事とは関係ないプライベートです。が、もちろん、マッサージ事情のチェックはありです。
4泊5日の移動日を除く3日間の毎日は、定番観光のお出かけとなりました。1日目、ピナクルズツアー 2日目、市内散策とフリーマントルへ 3日目の午前中はキングスパーク・ワイン試飲・チョコレート試食、午後からは、ロットネス島へ。でも、ロットネス島は行っていません。大失敗があったからです。
そのロットネス島行きの失敗は、恥ずかし過ぎですが書くことにします。


ロットネス島の青い空、青い海を思い浮かべながらパース港から出航です。遠く離れていくパースの街や対岸を眺めて楽しんでいました。1時間もかかりフリーマントル港へ船が着き降りる人・乗る人を何気なしに見ている内に船が出港しました。動き出して初めて見えたのです。影に隠れていたロットネス島と船横に書かれた高速船を。「きゃあ〜」「乗り換えるんだよ〜」時、既に遅く船を止める事も港に戻ることも出来ず、もう一度同じ海路の景色を眺めながら腹立たしくパース港に逆戻りです。この船はパース、フリーマントルの往復の観光船だったのです。また、やってしまいました。でも、観光船のスタッフは、努力してくれました。お騒がせしました。
自分の注意不足が大きな原因ですが、現地日本人旅行社の説明不足(この時間はパース港から直行の高速船ではないこと、観光船にのること、乗り換えること)に怒りの矛先が・・・。
既に、時間は午後4時を過ぎていたこともあり、ロットネス島はあきらめざるを得ませんでした。それでも、気が収まらず近場の海へ行こう!と言うことで電車とバスを乗り継いでスカボロビーチへ到着です。夕方の海もいいです。多くの人が波乗りをやったり海にはいったりして楽しんでいました。(午後8時位まで明るいのです。)
私も、年甲斐もなく波に遊ばれながら雲の間から射す太陽の光の美しさに感激でした。先程の憂鬱の気分も吹き飛んでしまいました。
そんな、最後の一日を過ごし明日は、バンコクへと、戻ります。

ウオンバット抱いてご機嫌です

かわいい〜コアラ

船から見たパースの街も美しい

スカロボビーチにて
帰路のパース空港では、初めて英語の出来ないもどかしさをを体験し(またもや、大失敗をしてしまったのですが、もう恥ずかしくてここには、書けませんので「なんだ?」とお気になる方は沙羅へお越し下さいませ。)パースからはプーケット経由でバンコクへ入ります。ここで、またまた、恥ずかしくて書けないことが・・・。

旅行最終日のバンコクで某タイ式マッサージスクールを尋ねることになっていました。尋ねたスクールは、まだ歴史も浅いのですが、オーナー様の気さくさで楽しそうにレッスンが進められていました。奇麗で、清潔な教室でゆったりとレッスンが受けられるようです。お隣には、ステキなスパも併設されています。色々な話を聞かせてもらうことができ、先生のマッサージも体験し、その上新しい友人に出会うこともできました。
今まで、幾度と無くタイへ向かいましたが、これ程、落着きの無い旅は初めてでした。失敗は何時ものことですが、今回は失敗の連続でした。(事前準備不足、大いにありです。)
失敗は、成功の元と言われるのですから、私の知識が増えたことを喜ぶことにします。変に前向きな私です。
そろ、そろと東の空に黄金の輝きが広がっていきます。日本を仕事を家族を思い出し始め現実と向き合う時が近づいてきました。
                                                                                                      08/02/08


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